話でわざわざ行先

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ん、何かあったらしい」
「忙《いそが》しいなあ、お互《たが》いに」
「うん、実に忙しい」
「飯を食う閑《ひま》もない」
「飯を食う閑は常にある」
太郎はさっさと飯茶碗にご飯をよそい始
五《さ》月《つき》素《もと》子《こ》さんが、電話でわざわざ行先を探して呼んでくれた!
山本太郎は天にものぼる心地であった。途中、煌々《こうこう》と明るい駅前の広場を通りかかった時、伝言板の前の鏡のところにちょっと立ち寄って、己《おの》が姿を映して見た。それほど醜男《ぶおとこ》とも思わないが、鼻から下が、どうも少しシマらない。太郎は髪《かみ》を右の五本の指で掻《か》いて整えた。櫛《くし》を持っていないし、これで一週間くらい、髪を梳《くしけず》ったことがないのだから、どうしようもない。
それから、仲よしの本屋の前を通りかかると、店のおやじさんが、まだ頑《がん》張《ば》って店を開けていて、
「太郎ちゃん、何だか嬉《うれ》しそうだね」
と見抜《みぬ》いたようなことを言った。
「そうでもないす」
とテレて、わざとズボンのポケットに両手を突《つ》っこんで、貧乏《びんぼう》ゆすりをして見せた。
五月さんのアパートのドアを開けると、五月さんがエプロンをかけて、にっこり微笑《びしょう》しながら顔を出した。いつもの穏《おだ》やかな五月さんだったが、睫《まつ》毛《げ》が涙《なみだ》でよれて、頬《ほお》にケロイドのように線になった、涙《なみだ》の乾《かわ》いた跡《あと》があった。
「どうしたの」
「ごめんなさいね。呼び寄せて。忙《いそが》しかったんでしょ」
低い声である。
「ううん、ヒマでヒマで、しようがないから、黒谷んとこで料理作ってた」
こう言わなければ、男がたたないのである。
「あのね、実は、私、これからお医者さまのところへ、薬とりに行くから、その間、うちで留守《るす》番《ばん》してて下さらない」
「ああいいですよ。薬なら、僕《ぼく》、とって来てあげようか。夜だし、四粁《キロ》や五粁ひょいひょいひょいと走って行って来ますよ」
山本太郎は、中学生の頃《ころ》から陸上をやっている。もともとは短距《たんきょ》離《り》の選手だから、マラソンが得意という訳ではないのだが、それでも、四粁、五粁、乗りものに乗らずに行くことは物の数でもない。
「ううん、大丈夫《だいじょうぶ》なの。ずっ

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